教会の石に歴史を感じる

 

EUセンター: ドイツ ハイデルベルク (2000年開設)

日々の暮らしでちょっと気になるテーマに注目!

 

かつて教会は人が毎日集まるところでした。

そもそも毎日朝から礼拝がありましたし、

今のように建物の中で物が売られることはなく、

教会を中心として屋外の明るい通りや広場で売ったものです。

 

様々なゴシック様式の教会を見てきましたが、

ドイツにおいてはフライブルクの聖堂(ミュンスター)が

ウルムよりもケルンよりも美しいように思います。

 

フライブルクは第二次世界大戦における

わずか20分の爆撃により旧市街の80%を失っていますが、

極めて上手く再建された都市の一例です。

フライブルクのミュンスター聖堂の塔は奇跡的に残ったものの一つで、

そのレースのような石造りの塔はゴシック様式の教会として必見と言えるでしょう。

 

古くから市民による自治が行われてきたこの町には、

あちこちにかつての市民のユーモアに富んだ歴史的な造形物が残されています。

 

聖堂の入り口には、昔は市場を管理する裁判官が詰めていて、

壁には裁判を行う際に座るための階段状のベンチがついていました。

 

また、教会の入り口の壁には色々な彫り物がされており、

南側に向かっては日時計(かつてはそれぞれの町に基準時があった)、

パンの基本形、度量衡、桶の大きさなど、

商売を行う上で重要なものが彫り込まれています。

 

パンの基本形についてはラテン数字で年号が書かれていますが、

大きいサイズは1270年のもの、その上の小さい方は

その50年後の1320年のものだということが分ります*。

また、凶作の年と豊作の年とではずいぶん違ったであろうことも分かります。

 

雪の結晶にも似た塔の透かし彫りは一つ一つ手で彫られ、

今日まで高い芸術性を誇ることに感嘆せざるを得ません。

 

一方、厳格なキリスト教が根ざした日常生活を送りながら、

かつての石工たちは実に自由で斬新かつ下品とも言える装飾を取り付けています。

それを認める社会のおおらかさとは、

厳格さとこの自由な発想が共存する中世世界とはどんなだったのか、

中世の市民生活を覗いてみたいものです。

 

*「AD」の後のローマ数字の読み方:M=1000/C=100/L=50/X=10/V=5/II=2。XXを繋げて書いていることに注意!!

 


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